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イスラームにおける神の概念とアッラー
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イスラー ムにおける神『アッラー』 とはどういう存在ですか?

 

 イスラームでは、神のことを「アッラー」と呼んでいます。このアッラーという概念と、日本語の神という語は同義ではありません。それぞれの言葉が持つ意味の範囲の間に、重複している部分と、そうでない部分があります。日本語の神という概念の範囲には、最高の支配者、天皇、霊、人間に害を与える恐ろしい存在というような意味合いが含まれています。また、日本語に「八百万の神」という表現があります。この表現で象徴的に現わされているように、日本語の神の概念には「複数存在する」という概念も入っています。それらの意味は、イスラームにおける神の概念と異なります。イスラームにおいて、人間や魂は神によって創造された被造物であるため、神としては見なされることがありません。また、神は人間に被害を加える存在でもありません。人間が遭遇する全ての害は、人間の自由意思による行為の結果です。またイスラームの神の概念には、唯一性という独特の考えがあります。その他に、日本語の神の概念には、人間を超越した威力を持つ秘められた存在、信仰の対象となる存在というものもありますが、それらの意味は、イスラームの神の概念に矛盾しない捉え方として見なすことができます。

 

 イスラームにおける神の概念を説明する、四つの要素があります。それらは、1)「唯一性」、2)「神の本質」、3)「属性」、4)「行為」です。第一の要素である唯一性は、誰を神として認めるかということに関わるものです。2~4は、神をどうやって知ることができるかというところと関係があります。それらの要素を以下のように説明することができます。
 第一の要素は「唯一性」です。この要素のアラビア語での表現は、「タウヒード」です。言葉としては「一つにする」という意味です。宗教概念としては、アッラーの唯一性を現わしています。イスラーム教徒は、信仰と崇拝の対象としてアッラーを認め、アッラー以外の一切の神の存在を否定しています。したがって、アッラーは、イスラーム教徒の神でもあり、全宇宙の創造主でもあるので、全ての被造物にとっての唯一の神でもあります。「どこどこの神」、「…の神」という様々な名前や表現等のもとで異なる神々を拝むという考え方がありますが、イスラームの唯一神論からみれば、それらの神々は実際は存在せず、全ての祈願と崇拝行為は結局、アッラーの御許以外のどこにも届きません。アッラーは、それらの祈願を叶えてくださっていますが、ご自身と共に他の神々が並べられることに対して、非常に怒っているとクルアーンにおいて記されています。
 アッラーについてしばしば挙げられる様々な説明には以下のようなものがあります。


 アッラーには始まりも終わりもありません。神は産みも産まれもせず、いかなる欠陥もなく、すべてにおいて完全であられます。神は死せるものではなく生きておられます。その力は全てに及び、力の及ばないものは何一つありません。このことについては、クルアーンに次のような章句があります。「(ムハンマドよ)言え、かれはアッラー、唯一な る御方であられる。アッラーは、自存され、産みも産まれもなさらず、彼に比べうる、何ものもない」(クルアーン第112章1-4節)

 アッラーは、すべてをご存知です。聞かれ、見られますが、その聴視のありかたは私たちのそれと同じではありません。万事を望まれるままに行われ、その御心の実現を妨げることは誰にもできません。「なれ」と命じればすべてが実現し、「なくなれ」と命じればすべてがその瞬間に消え失せます。宇宙の全ての存在を無から創造されたのはアッラーであられます。生かすのも死なすのも、生育に必要なすべてのものを与えてくださっているのもアッラーであられます。

 アッラーはなにものをも必要とされず、自存されます。しかし他のすべてのものはそのお方を必要とします。アッラーは特定の場所、方向、時間によって限定されることなく、超越的に存在されます。その存在や属性は比類なく、いかなるものとも共有されません。アッラーは唯一なる神であられるので、その同類が存在すると考えることは最大の罪であり、許されることのない罪となります。それ以外の罪については、神はお望みのままに許されます。アッラー以外のものには、たとえ部分的であれ神性はありえません。

 信者と神の間には、媒介者としていかなるものも入ることはできません。聖職者という階級や集団はイスラームに存在しません。預言者でさえ神と信者の間に入ることは許されません。預言者は神の代理ではありません。彼らはただ神から授かった啓示を人間に伝える役割を果たしたに過ぎません。この伝達者としての使命以外には他の人間との違いはないのです。彼らも他の人間と同様に神に対して責任を負っています。人間は、神のお喜びとお許しを得るために、無媒介に直接的に神を崇拝し、神に祈りを捧げるべきです。
 人間は、拝む対象が実在するか否かを確かめたがることがあります。自らの力を超えるその存在と常にコンタクトをとりたがったりもします。しかし、超越的な存在である神を有限的な存在である人間が感覚を通して知ることは不可能です。その場合は、三つの選択肢があります。


 第一は、感覚で認識できないとして、その存在を否定するということです。しかし、これは、合理的ではありません。なぜならば、感覚で確認できない数多くの存在が我々の周りに散在しているからです。例えば、人間の理性、愛などは、目、耳等の器官を通して確認することができませんが、それらは実在すると信じられています。それと同じく、神の存在を感覚で確認できなくても、理性を通してその存在が確認できるのです。


 第二は、その間に媒介を置くということです。例えば、偶像崇拝はその発想によるものであるといえます。木、土や銅等の素材から彫刻されているそれらの偶像を本当の神として拝む信者は少ないでしょう。偶像崇拝者にとっては、その偶像は、神に至る一つのツールに過ぎないでしょう。しかし、これは、神を忘れさせることにつながり、神の他に何かが同列に並べられるということになるため望ましくありません。また、自分の手で作ったものを神として拝み、全てをそのモノから求めるということも、合理的ではないでしょう。


 第三は、神を知ろうという努力です。イスラームが求めるものはこれです。それは、イスラームの「神を知る学」ということもできます。上記の2)~4)の(神の本質、属性、行為)という三つの概念は、そのために作られています。イスラーム学者たちは、それらの概念を通して、如何にアッラーを知るか、すなわち、「イスラームの神様はどのような存在か」という問いの答えを探ろうとしています。下記において、そのうちの一部の紹介があります。


 アッラーの本質は、他の全てのものと異なります。なぜならアッラーは創造主であり、それ以外の全ては被造物であり、創造主が、被造物の中にあるということは考えられないからです。このことを、「芸術家と作品の比喩」を使って、次のように説明することができます。芸術家は、自分の頭の中にあるイメージ通りに、何かの作品を作り出します。その作品の上に、芸術家の頭の中のイメージの表現と、それに基づく行動の結果が見られます。例えば、画家とその絵の例を取り上げましょう。まず、画家は、作りたいものをイメージします。このイメージは、画家の才能とその特質を表します。次に、そのイメージを、筆を通して表現します。ここには、三つの段階があります。一つは、画家の本質です。二つは、頭の中のイメージです。三つは、カンバスの上の絵の段階です。その絵は、確かに芸術家の手によるものでありますが、片一方は作家であり、他方はその作品であるため、両者は本質的に異なります。絵は画家の存在を把握することができません。それと同じく、我々を含む全ての被造物がアッラーの作品です。我々の上にアッラーの属性によるイメージが表現されています。我々被造物と創造主のアッラーの本質は異なるので、アッラーの本質を理解することができません。しかし、作品の上に表現されているわざとそれが基づく属性を通して、アッラーの存在を知ることができます。例えば、綺麗な花を見ると、その創造主のアッラーが綺麗な御方であるということが分かります。こうして、イスラーム教徒は、世界をアッラーの属性の顕現とみなして、その後ろに隠れているアッラーの存在を探ろうとします。


 アッラーには無数の属性があるとされていますが、以下にそのうちの99の属性(美名)があります。それらの属性を被造物において探れば探れるほど、アッラーに近づけ、より知ることができるとされています。

 

 

和訳

 アラビア語属性(アラビア語)

 属性の意味

アッ・ラフマーン
アッ・ラヒーム
アル・マリク
アル・クッドゥース
アッ・サラーム
アル・ムウミン
アル・ムハイミン
アル・アズィーズ
アル・ジャッバール
アル・ムタカッビル
アル・ハーリク
アル・バーリゥ
アル・ムサッウィル
アル・ガッファール
アル・カッハール
アル・ワッハーブ
アッ・ラッザーク
アル・ファッターフ
アル・アリーム
アル・カービド
アル・バースィト
アル・ハーフィド
アッ・ラーフィウ
アル・ムイッズ
アル・ムズィッル
アッ・サミーウ
アル・バスィール
アル・ハカム
アル・アドル
アッ・ラティーフ
アル・ハビール
アル・ハリーム
アル・アズィーム
アル・ガフール
アッ・シャクール
アル・アリー
アル・カビール
アル・ハフィーズ
アル・ムキート
アル・ハスィーブ
アル・ジャリール
アル・カリーム
アッ・ラキーブ
アル・ムジーブ
アル・ワースィウ
アル・ハキーム
アル・ワドゥード
アル・マジード
アル・バーイス
アッ・シャヒード
アル・ハック
アル・ワキール
アル・カウィー
アル・マティーン
アル・ワリー
アル・ハミード
アル・ムフスィー
アル・ムブディウ
アル・ムイード
アル・ムフイー
アル・ムミート
アル・ハイユ
アル・カイユーム
アル・ワージド
アル・マージド
アル・ワーヒド
アル・アハド
アッ・サマド
アル・カーディル
アル・ムクタディル
アル・ムカッディム
アル・ムアッヒル
アル・アウワル
アル・アーヒル
アッ・ザーヒル
アル・バーティン
アル・ワーリー
アル・ムタアーリ(ー)
アル・バッル
アッ・タッワーブ
アル・ムンタキム
アル・アフーウ
アッ・ラウーフ
マーリク・ル・ムルキ
ズ・ル・ジャラーリ・ワ・ ル・イクラーミ
アル・ムクスィト
アル・ジャーミウ
アル・ガニー
アル・ムグニー
アル・マーニウ
アッ・ダーッル
アン・ナーフィウ
アン・ヌール
アル・ハーディー
アル・バディーウ
アル・バーキー
アル・ワーリス
アッ・ラシード
アッ・サブール

慈悲深き
慈愛あまねき
王、王者
聖なる、神聖な
平安、平和
信仰を守る、信仰を与える
保護する、守護する
強力な、威力並びなき
制圧する、強制する
偉大な、至大なる、尊い
創造者
創物主、無の状態から創造する者
造形する、形を与える
赦す
征服する、征服者
恩寵を与える、授ける、才能を授ける
糧を与える、恩恵を与える、恵みを与える
開示する、裁決する
全知の、全てを知る
掌握する、摑む
拡げる、拡張する、発展させる
下げる、低める
上げる、高める
強くする、強化する、栄誉を与える
低減させる、卑しめる
全てを聴く、全聴の
全てを見る、全視の
裁定する、正しく裁くもの
正義、公正
優しい、心優しき
全てを知る、知悉の、通暁する、知らせる
優しい、よく耐える、寛大な
偉大な、無限大の、絶大なる
罪を赦す、多く赦す
感謝する、よく感謝する
高き、至高の
大きな、至大なる、偉大なる
保持する、護る
糧を与える
正しく計算する、決算する
栄光ある、栄光の主たる、威力ある
寛大なる
監視する
応える、応答する
広い、広大無限な、包括する
賢い、叡智ある
愛情ある、愛を与える
荘厳なる、栄誉ある
復活させる、復活をつかさどる
目撃者、証人
真理
代理人、代理者
強い、強力な、力強い
強固な
援護する、助力する、助ける、後見人
称賛される
計量する、通暁する
創始する、開始させる、始める
再生させる、死者に生を戻す
生を与える、生きるものにする
死を与える、死なせる
生きる、永遠で無限の生命を持つ
自存する、他のものを必要としない、自足する
見出す、見つけ出す、発見する
栄光ある、高貴なる
唯一なる
唯一なる、唯一無二の
永遠に自存する、永遠なる
能力ある、万能の、全能の
全てを行う力をもつ、権能をもつ、権威ある、威力ある
優先させる、順序を先にする、前にする、前進させる
遅延する、(罪への罰を)遅らせる、延期する
最初の、第一の
最終の、最後の
明らかな、あらわれる
隠れている、内に隠れている
統治する
高い、至高の、他のものから超越した
善である、正しき、恵み厚き
人々の悔悟を受け入れる、赦す
復讐する、アッラーを認めないものにその報いを与える
赦す、罪を赦す
慈愛ある、慈愛厚い、慈悲厚き
大権を所有する者、王権をもつ
栄光と恩寵の主、栄誉と博愛の主
公正なる、公平なる
統合する、集める、召集する
豊かな、富める
豊かさを与える、富を与える、富ませる
禁じる、禁止者
害を与える、損害を与える
益を与える、利益をもたらす

導く
創る、創造する、創始する
残る、存続する、永続する
相続する、相続者たる、真の相続者
導く、正しい導き手
忍耐ある、よく耐える