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クルアーン(イスラームの聖典)
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クルアーン(アッラーの言葉、イスラームの聖典)

 クルアーンは、イスラームの聖典です。クルアーンという言葉はアラビア語であり、「誦まれるもの」を意味します。日本で、かつて使われていた「コーラン」は、欧米で昔使われていた「qoran」という語の日本語への転写です。最近では、元のアラビア語の呼称であるal-qur'anとそれの日本語への転写のクルアーンが広く使われるようになっています。
 クルアーンは、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)に、当時の人々を始め、世界の終りまで生きる全ての人々に伝えるために下されたアッラーの言葉です。一神教の最後の啓示とされています。キリスト教の聖書、ユダヤ教のトーラーも、もともとはアッラーによって下された言葉です。クルアーンは、最後の言葉であるため、それ以前のアッラーの言葉における必要な部分がその中にも含まれているとされています。イスラーム教徒は、クルアーン以外の聖典の聖性を信じています。しかし、クルアーンにおいて、クルアーン以前のアッラーの言葉は、下されたのちに人間の手によって変更され、その内容は完全にアッラーの言葉でなくなっていると指摘されており、現在普及している旧約聖書や新約聖書の内容については疑問が残されています。したがって、イスラーム教徒は、クルアーンによって指摘されているそれらの部分を否定し、それ以外の部分については、アッラーの言葉を含んでいる可能性があるため、中立的な態度をとり、否定もせず完全容認もしません。

 クルアーンは、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)によって人々に伝えられたのですが、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)自身の言葉ではありません。その言語は、伝え手である預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)の母語のアラビア語ですが、その内容も、表現もアッラーによるものであると信じられています。したがって、アッラーの意志を完全に把握することは不可能であるため、アラビア語の原文の翻訳は不可能であるとされています。しかし、他の言葉による注釈は可能です。http://www.theholyquran.org/というインターネット上のサイトに記載されている注釈書の数からいえば、比較的話者数の多い、24ヶ国の言葉での注釈が普及しているようですが、他のサイトを見れば、その数は、50ヶ国位にのぼります。クルアーンの注釈は、アラビア語圏以外のイスラーム教徒のためであり、クルアーンの内容の勉強のためになされたものです。礼拝において読む時は、原文のアラビア語での朗読が必要です。日本語での注釈書は四つあります。古くは大川周明によるものがありますが、現在広く普及しているのは、井筒俊彦による翻訳、藤本勝次らによる翻訳と三田了一による翻訳の三つです。

 現在ムスリムが手にしているクルアーンの、書物としての経緯には四つの段階があります。第一は、アッラーの知における状態です。その状態は、アッラーのみご存知であって、人間にはその内容を把握する能力はありません。第二は、大天使のジブリール(旧約聖書のガブリエル)がアッラーの言葉を預かった状態です。この段階で、啓示になります。第三は、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)が啓示を天使から受け取った段階です。この時点では、啓示が人間の言葉の形をとります。預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)は、生前、23年間断片的に降下した啓示を自らが暗記し、同時に弟子たちにも暗記させ、「啓示の書記たち」と呼ばれた読み書きができる教友だちに書かせています。したがって、クルアーンは、初期ムスリムによって暗記されることによって保存されつつ、文字化も進めらていたのです。第四の段階は、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)の死後、第一代カリフのアブー・バクルの指令で、人々によって暗記されていたクルアーンと、一か所において保存されていた書物としてのクルアーンの照合が行われました。第三代カリフのウスマーンは、当時のクルアーン暗記者の合意でクルアーンと認められていた書物の結集を正典化させました(650年)。これは「ウスマーン版」と呼ばれています。それ以外の全てのバージョンは、焼却され、このウスマーン版が複写され、当時のイスラーム国家の重要な都市に送られました。クルアーンの書物としての複写は、このウスマーン板の通りに行われてきましたが、クルアーンの伝承は、書物を通しではなく、暗記によるものでありました。西暦8世紀に符号が加えられたウスマーン版の複写は、19世紀まで手書きで行なわれていました。オスマン帝国時代においては、1864年にカイロ、1871年にイスタンブールで出版されました。現在は電子化が進んでおり、CD,DVD、Ipod用のクルアーンも現れましたが、最初の版であるウスマーン版と現在のクルアーンの間に、一字も異なる点はありません。そのウスマーン版は、イスタンブールのトプカプ宮殿の図書館で所蔵されているといわれています。

 クルアーンのその構成も独特です。114の章があり、各章は節に分けられています。三節から成る短い章もあれば、長い章もあります。最も長い章は、総節数286の「雌牛章」であり、最も短い章は、総節数3の「潤沢章」(第108章)です。長い章は、クルアーンの冒頭の部分に配列されています。短い章は後方にあります。クルアーンの内容が、アッラーの言葉であると同様、章の配列と節の配分も啓示によるものです。しかし、章のタイトルは、慣例によっており、全体的な内容を表してはいません。章の呼称は、その内容に登場する出来事、人物やその他の事柄に由来します。例えば、第二章の雌牛章の呼び名は、その中に取り上げられている雌牛の物語からきています。

 クルアーンは普通の本のように、最初から最後まで読むようなものではありません。そこにはテーマ別の配列はなく、信条や道徳、法や訓戒、警告や福音が混然と集められていて、ひとつの話題の最中に一見何の理由もなく異なる話題が挿入され、話し手と聞き手が予告もなく交替してしまいます。したがって、どこを読んでも同じような内容が異なるテーマの中で異なる表現や形で現れています。その繰り返しは、読み手をうんざりさせることはありません。繰り返しの理由としては、誰でもクルアーン全体をいつも読むことはありませんので、クルアーンのどこかを読んでも、クルアーンの教えのガイドラインが簡単に伝えられるためであるということが挙げられています。

 クルアーンは、一度にその全体が下されたわけではありません。預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)が預言者としての使命を果たしていた23年間、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)とその教友の生活に平行して少しずつ下っています。その点は、クルアーンの理解のために重要であるとされいます。なぜならば、クルアーンの章句におけるアッラーの意志は、歴史的な出来事によって裏付けられているからです。


 イスラーム神学者たちは、クルアーンが下ったその23年間を、「マッカの啓示」と「マディーナの啓示」として、大きく二つに分けています。マッカとマディーナは、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)が生涯の大部分を送られた二つの都市です。イスラームの布教は、マッカで始まりましたが、当初マッカの住民によって受け入れられませんでした。従って大多数が社会的に弱い立場であった初期イスラーム教徒たちの最大の義務は、多神教で偶像崇拝者でもあった住民たちに、アッラーの唯一性を説くことでありました。そのためマッカ期の啓示の章句は、短い文体をとっており、内容としては、神の唯一性の強調、信仰箇条の説明(預言者・復活の日等)に集中しています。マディーナは、12年間に及ぶマッカ布教期の迫害と追放を逃れるために移住が余儀なくされた預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)らが拠点として選んだ都市ですが、イスラームはここで、社会全体によって認められ、都市国家の形に変わります。クルアーンの章句もその変化に応じます。その内容は、信仰だけではなく、儀礼の義務と説明、家族法等の法規定、戦闘、講和等まで広範にわたります。
 クルアーンは、宗教生活のみならず、イスラームの文化にも影響を及ぼしています。偶像崇拝を禁じるイスラームの芸術家たちは、その才能をクルアーンを通して表現し、クルアーンの装飾、書道が非常に発達してきました。また、 クルアーンを美しく詠むことも芸術の一つの分野としてイスラーム世界で広く好まれています。

クルアーンについてイスラーム教徒向けの内容


 クルアーンは、人類が持つ心や霊魂、精神、そして肉体という特徴に鑑みて、それら人類の優れた価値に相応しい形で至高から下されたものです。それは完全無欠のメッセージを包含した、天与の法です。
 今日18億もの人々が従っているクルアーンには、神から授かった永遠かつ普遍の原理原則が記されており、最短距離で幸福へとつながる、光に照らし出された道へと人々をいざなってくれます。
クルアーンはこれまで、世界を牽引し壮麗な文明を発達させた多くの社会における光の源としての役割を果たしてきました。そしてそれらの社会では現在に至るまで、何千何万もの学者や哲学者、思想家を輩出してきました。この意味において、その他のいかなる規範もクルアーンの規範には及ばないといえます。

 初めて啓示がなされた日からこれまで、クルアーンは数多くの異議や批判にさらされてきました。しかしクルアーンが傷を負わされることはなく、常に勝利に輝いていたのです。

 クルアーンは人々の心の中で結晶と化し、精神を啓発し、終始一貫して真実を明示します。一輪の花の中に宇宙のあらゆる美を見出すような、そして一滴の水滴から激しい暴風雨を思い描けるような信者だけがその真の容貌を知り、理解することができるのです。

 アラブ人のみならずアラビア語を解さない外国の言語学者・文学者もが、クルアーンの韻文を耳にして称賛のあまり降参といった気持ちを持たずにはいられません。そしてその真正さを認識し内容を理解した者はこの雄弁な傑作を前に服従せずにはいられなくなります。

 ムスリムたちはクルアーンに確信を持ち、心底から信じることによってのみ団結することができます。それができない者はムスリムではあり得ず、また仲間同士の強固な結束を打ち立てることは不可能です。

 「信仰とは良心の問題である」ということばの意味は、「私は神を信じ、その預言者とクルアーンも信じます」と舌と良心の双方を伴って断言することです。これらを理解した上でなされる崇拝行為の一つ一つが、この宣誓を真に証明してくれるのです。

 人類が無知と不信仰という野蛮さの真っ只中でもがき苦しんでいた時にクルアーンはこの世にほとばしり出て、啓発という洪水によって世界中を光で満ち溢れさせたのでした。クルアーンは比類のないやり方で革命を発生させました。証人を求めるなら歴史が雄弁に物語ってくれるでしょう。

 クルアーンは、人類が存在する意味とその性質、真実と知恵、そして神の本質や属性・美名について、この上なく均衡のとれた方法で教示してくれます。この点において勝る書物は他にありません。学識有る聖者があらわした英知や真の賢人たちが示した哲学に触れれば一目瞭然でしょう。

 クルアーンは、本当の正義、真の自由、バランスのとれた平等、善良さ、尊敬、美徳、そして慈悲の実践をすべての創造物に命じている類まれな書物です。それは同時に、抑圧や多神教、不正、無知でいること、汚職、利子、偽り、そして偽証を禁じた比類のない書物でもあります。

 またクルアーンは、孤児や貧者、抑圧された人々を擁護している唯一の書物です。そして王も奴隷も、司令官も兵卒も、原告も被告も、同じ椅子に座らせて裁き を受けさせるたった一つの書物です。

 クルアーンは迷信の根源だと主張するのは、無明時代のアラブ人が14世紀前に発した言葉を繰り返しているにすぎません。そのような見方は知恵と真の哲学を愚弄しているのです。

 
 人類にとって最高に秩序だった、整然とした生活というのはクルアーンの息吹によってもたらされる生活です。実際、今日の世界で普遍的に高く評価・称賛を受け、素晴らしいとされる事柄の中には何世紀も前にまさにクルアーンの中で奨励されていたものも含まれるのです。

 預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)を信じ、そしてクルアーンを信じる人は神への信仰を持っていることになります。クルアーンを信じない人は預言者ム ハンマドを信じていることにはならず、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)を信じないのであれば神を信じないことになります。これがムスリムであるということの本質的な様相なのです。

 クルアーンの力によって人々は最高のレベル、すなわち 神に声をかけられるような地位にまで上り詰めることができるようになります。このレベルに達していることを意識できる人たちは、主がクルアーンを通じて己に語りかけてくれるのを耳にすることができます。彼らがもし、私は誓って神と話ができると言っているとしたら、それは決して偽りを述べているというわけではありません。

 私たちは今この世に生きていますが、クルアーンの啓発的な世界に足を踏み入れれば、私たちが墓場、そしてこの世とあの世の中間地点をまさに通過中であるように感じるでしょう。そしてまた、最後の審判の日を経てスィラートの橋(天国への橋)を渡る体験、地獄への恐怖からくる激しい身震い、天国のゆるやかな坂で進める穏やかな歩み、といった経験を身を持ってすることでしょう。

 
 近い将来、知識や技術、芸術の趨勢はクルアーンの大洋に向かう奔流となり、実際それらの源であったその大洋に流れ込んで融合することになるでしょう。そして人類は称賛と驚愕を持ってそれを目の当たりにすることになるでしょう。

 将来的にクルアーンの時代が到来するということはあり得ないことではありません。それは過去、現在、未来を同時に見据えるお方の言葉によるものであるからです。